後輩の夢を見た。





「先輩…?そんなトコでどうしたんですか?」

最悪の出来事ってのは、いつも最高のタイミングで来るもんだ。
まさかコイツがここに来るとはな…

今一番会いたくなかったはずなのに、実際コイツの顔を見ると少し嬉し…
って、しっかりしろ、俺! 惑わされるなっ!

「先輩?」
「うわっ」

目の前に顔があってびびった。

「脅かしてんじゃねぇよ! 顔近いぞバカ!」
「ご、ごめ…じゃない、スンマセン」

やつは慌ててとびのいて、ぺこりと頭を下げる。
それを見た俺の胸の中は、ざわざわと騒いだ。

駄目だ、早くなんとか追い払おう。

「先輩、ここで昼飯っスか?」

先手をうたれた。ちくしょう。

「…ああ」

俺は自分の声の間抜けさに気付き、

「お前は?」

取り繕うために間髪入れずに訪ねた。

「教室でメシ食う気にならなくて…。誰もいなさそうなとこ探してました」

コイツでもそんな気分になることがあるんだな。
仲間が多いだけに、少し鬱陶しくなったのかもしれない。

いずれにしろ、人のいない場所を探してるんだからここに長居もしないだろう。
そんなことを考えていると、やつは言った。

「隣、いいっすか?」
「はっ?」

俺は再び間抜けな声をあげた。

「駄目…スか?」
「いや、別にいいけどよ…」

断れない自分が情けなくて憎たらしい。

「お前、誰もいないとこに行きたかったんじゃねーのか?」

するとやつは「ヨイショ」と俺の隣に座ってから、笑って言った。

「もういいです。他に見つからないし、昼休み終わっちまう」

悪いが俺は非常に気になってしょうがない。
地獄だ。

だが同時進行で鼓動が高鳴っている。

俺のバカやろう。ド変態。エロビデオ親に発見されて死んじまえ。
心の中で自己嫌悪に陥っていたら、さらにやつはヒトコト。

「それに先輩となら一緒にいるだけで楽しいし」

俺は九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九のダメージを受けた。
ズキリと胸が痛んだ。

(ばかやろうが…)

こいつはどんなに純粋な気持ちで今の言葉を吐いたのだろう。
そんなお前に俺は…

良心が、痛む。

やはりこいつと二人きりになれる勇気はない。
このままだと、気がおかしくなりそうだ。

俺は立ち上がった。

「先輩?」
「…ちょっと便所…」

ついて来るんじゃないかと一瞬ヒヤリとしたが、やつが立ち上がる気配は無かった。
寂しいような、ほっとしたような…。

「チャイム鳴ったらさっさと帰れよ」

このままずらかろう。
昼飯のパンをを置いていくことになるが。

「いや、俺待ってますよ」


ズグァーン。


「待ってなくていいって」
「いや、待ちますよ」
「なんで」
「先輩のパン、誰かにとられないように見張っときます」
「………」

なんだそりゃ…。
俺は呆れてすっかり脱力してしまった。

どうでもいい。さっさとずらかろう。
教室でいつもの三馬鹿にツッコミでもいれてよう。
好きなだけパンの守護神をやっててくれ。


『待ってますよ。』




………………。




「はあ〜〜〜〜〜…」

俺はガックリとうなだれた。

「どうしたんスか、先輩。腹具合が悪いんですか?」

奴は心配そうにたずねてくる。

クソの切れがわるかったんじゃない。
そもそも便所にも行きたかったわけでもない。

どうして俺はまたここに帰ってきちゃったんだバカー!!

「眉間にシワがよってますよ」
「地顔だよ」
「嘘だぁー。今日の先輩、ちょっとおかしいっス」

お前がおかしくさせとるんじゃーーー!!

いや、こいつは悪くない。
こいつにこんな感情を抱く、俺が変なんだ…

「気分悪いんスか?」
「あー… そうだな」
「え! 大丈夫スか!?」
「平気だ平気。でもお前にまで伝染するといけねーな、もうはなれ…」

ぐあっ と体が宙に浮いた。

「!!?」
「保健室まで運びます!」

は…

俺は状況を飲み込むのにやや時間がかかった。

お、おひめさまだっこ……?

「やめれ!」

チョップ。

「いてっ! 危ないスよ〜」
「降ろせ!」
「だめです。暴れちゃ悪化するかもしれないっスから」
「おろせ! いくらなんでもこりゃひどい! 生き恥だ!!」
「…ちぇ」

やつはしぶしぶ俺を降ろした。

「先輩、軽いっスね」
「うっせーなー…」

俺はそっぽを向いた。
… 赤くなった顔をごまかすため。

「いや、軽いのはいいことっス! 先輩はちっちゃくて軽いけど、スピードは…」
「お前、ほめてんのかバカにしてんのかハッキリしろ!」

『小さい』という単語を出され、俺は思わず振り向いた。
そしてかたまった。

「ほめてますよ」

目の前には、やつの真剣な目があった。
俺は、目を、そらせない。

やつは、そのまま続けた。

「俺、好きっス」
「!!?」
「ちっちゃくて軽くて、虫みたいに飛び跳ねてる元気な先輩が」
「………。」

悪気がないのはわかってんだけど。

「殴っていいか?」
「なんでっスか!?」
「自分の胸に手を当てて考えろ!」
「先輩のこと好きじゃダメっスか!?」

ぐ…っ と俺はつまる。

こいつが言ってるのはそういうことじゃない。そういうことじゃない、けど…

「小さいとか言うのやめろっての」

俺はため息をついて、手を下ろした。

「えー、でもそこが可愛いんじゃないスか」

かわ……

やっぱコイツ、バカにしてんのか俺を。

「先輩」
「あ?…!」

長い腕がのびてきた。
体が重くなる。

「なっ… なにしてんだ、お前!」

俺は焦った。
何抱きしめられてんだ俺ーーー!!

「先輩、小さいほうがいいっス。抱き心地が良いから」
「はあ!!??」
「小さくて軽くて可愛い先輩が、俺は好きです」

「………」

「変なこと、言ってんじゃねぇよ…」
「あは、俺もそう思います」

からかってんのか?

「…お前、ふざけんなよ!」

俺はやつを突き飛ばした。

「俺がどんな気持ちかも知らねぇで! 一人で勝手なこと言ってんじゃねえ!!」

冷やかしうけるくらいなら、何もないほうがマシだ。

「…ふざけてない」
「…!」
「俺はあんたが好きなんスよ。ラブです」
「ら……」

俺は絶句した。いや、するだろ、普通…。

「お、俺は…」

めまいがおきそうだ。

「男だぞ…」
「知ってますよ。部活の合宿で風呂に入った仲じゃないスか」
「いや、そうだけど…」
「先輩は俺のこと、……」

そう、やつはうつむいた。

「そりゃ、ただの部活の後輩ってくらいにしか思ってないかもですけど…」
「………」

「俺も好きだけど…」

ぽつっと小さく呟いてみた。
言わなければ良かった。

「え!!?」

ものすごい勢いでやつは顔を上げる。
きこえなければ良かった!!

「今、なんて!?」
「…別に」
「パードゥン!? 先輩ってば!!」
「なんでも…」
「もう一度言ってくださいよ!」

「俺も好きだって言ったんだよ、一回で聞けっ!!」

「……」

「え。それはどっちの」
「自分で考えろ」

俺は背を向けて、さっさと歩き出した。

「…っ! 先輩! ラブのほうで良いんですよねーーー!?」
「うるせえ、黙ってろ!」

俺は走った。
背中から、あいつの「やった!!」とか言う声が聞こえる。
嬉しそうな。

バカだ、あいつ。
でもオレもあいつ以上にバカかもしれねー。




おわり








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2006.5.14 突発BL的駄文。