時遣い





「しかし不思議だな。
人は実体のないものは神ですら信じられないのに、時間が進むことだけは信じている」
「きみはじつにばかだな」
俺が呟く言葉に彼は返す。
 
「時間は物質的なものではないが、物質の状態で時間を測ることができる。
 だがそれは物質が経過を得た結果に過ぎず、時間そのものではない」
「ああ、見たもの感じたものしかわからないのか、やはり」
 
「君の頭を、このマグカップだとしよう」
彼のかかげたのは、俺のお気に入りだった。

「そしてこの中が君の認識する世界だ。
 人は自分の頭の中に箱庭のような世界を築き、
その中でしか物を認識できない話を聞いたことがあるだろう」
「よし、じゃあ一杯たのむ」
 
彼は黙って醤油をそそいだ。
「俺の世界しょっぺえええ!!」
「さて、これが君が認識したい"時間"」
続いて差し出されたのは、ストローだった。
 
「え」

飲めと?

「無理無理無理無駄無駄無駄無駄ァ!!!」
URYYYYなどと暴れていると、彼はマグカップにストローをさし、自分の口をつけた。
 
なんというチャレンジャー。
 
だが彼は、吸わずに吹いた。
黒い水面に気泡が弾ける。
「きたねぇなオイ」
「今のが時間だ」
「え?息?」
 
彼は俺の額にストローを突き刺しながら頷いた。
「その通りだ」
「無駄に痛い!」
たぶんデコに丸いアトがついたことだろう。
 
「時間は目に見えないが、世界に入ることで気泡に形づけられる。
 私たちの時間とはそういうものだ」
「…結局、その概念は人間の頭のなかで作られたもの、ということだな」
「そうだ」
 
「ひとつだけ、時間から逃げる方法があるぞ」
「な、なんだってー」
 
彼はマグカップを床に放り捨てた。
粉々。
 
「あ゛ーーーーーっ!!」
「こうだ」
「あ゛ーーーーーーっっ!!!!」
 
「あ」
「…ん?」
思わず顔をにやけさせ、指をさしてやった。
ズボンに大きな醤油じみ。
「醤油と俺とマグカップを粗末にしたバチだぜ」
「…チッ」
「時間は戻らないし、壊れた結果は無かったことにならんが、
 これから俺の機嫌をとってくれたらそのシミをとってやるよ」
「…わかった」
 
彼はストローを俺の鼻の穴につきさした。
「ギャース!」
 
かわいくねえ。
 
「仕方ないから新しいカップくらい買ってやる」
 
…こともない。








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2010年04月16日
タイトルの言葉から適当に連想した